FC2ブログ

日曜日に江戸時代に力信流が学ばれた岡山県の畑鮎へ取材に行ってきました。
江戸時代、この地では多くの門人が力信流を学びました。
その江戸期、最後の師範家であった「大江 安左衛門」のご子孫「大江 一成」先生の稽古場を訪ねて、いろいろな話を伺いました。
大江先生は、現在、かつての力信流の稽古場を改修工事され、力信流と共に合気道や太極拳などをご指導されているそうです。
大変、丁寧で親切な応対をしていただきました。日曜日の朝からお昼前まで色々と話していただき、その上、抹茶と和菓子までごちそうになり、本当にありがたい気持ちになりました。また、通えるかどうかは仕事の都合次第ですが、出げいこをお願いしてみたところ快諾していただけました。江戸時代に力信流が学ばれた道場の上で稽古できるのですから、こんなに素敵なことはありません。稽古することがかなうことを夢見ております。

さて、大江先生がお話して下さった中に力信流師範「大江 安左衛門」の逸話を3つあります。
1.提灯を手放し、狙撃をかわす
夜の帰り道、手に持った提灯を何気に木の枝にかけて帰ると、その提灯が銃による狙撃を受けた。安左衛門は、何気に提灯を置いたようだが、実際は殺気を感じてそうしたのだろう。ということです。
夜間の松明、提灯などは狙撃の対象になることは、多くの武術の口伝でも語られていることですが、そういった口伝を実施した結果、安左衛門は助かったのです。
2.畳の下を潜って渡った。
これについては、内容がよくわかりませんが、恐らく畳み返しのようなことを瞬時に行いながら、前に進んだのではないかということです。
3.立てた棒の上に立つ
安左衛門は、身体操作をもって垂直に立てた棒の上に立ち上がることが出来たそうです。この場合の棒は6尺棒の事でしょうから、相当な高さになります。
一体どのようにして上ったのでしょうか?
武術家としては非情に興味深い逸話です。
また、大江先生の所有される土地のなかにある「大江 安左衛門」とその息子で同じく力信流の師範「大江 和三郎」のお墓を見せていただき、写真の許可も頂けましたのでご紹介します。
15427101700.jpeg

二つ並びに「大江 和三郎」と「大江 安左衛門」のお墓があります。右が和三郎。左が安左衛門のお墓です。
15427102090.jpeg

お二人のお墓にはそれぞれ、「力信流先生」と刻まれており、一族、門人たちに尊敬されていたことが分かります。
ちなみにお墓の前が荒れているのは、猪のせいだそうです。私もこのような光景は初めて見ましたが、猪は、土地や山道を掘り返して崩してしまうそうです。
それも数メートルに及ぶ長さを崩すのですから大変です。折角、コンクリートで敷いた道もその下側の壁を掘り起こされて無残にも崩土と化していました。
猪にとっては土の中の虫を食べる行為ですから悪気はないのですが、恐ろしい破壊工作です。

その後、お墓参りの後にお見送り頂いたので、その後は、そのまま薬師院にある「安左衛門」の石碑を再び訪ずれました。
15413312840.jpeg

今回も仕事熱心なワンコに吠えたてられながらの見ます。
写真では写りにくいところも多いので、碑文を書き写ししました。碑文は大変長いので1時間以上その場にいました。また本当に長いので全てはブログでは紹介しきれませんが、ここに書かれているのは、「大江 安左衛門」の生涯です。(つづく)
スポンサーサイト

古流の演武や教則用の映像を見て研究することは、大変、有意義な事ではありますが、それで完全に技術を習得しようと試みるのは、時間の無駄です。
例えば、空手の形の教則用の映像を見て形の手順を学ぶことは出来ますが、それで得られるものは、実際にその形を習得したひとから直接習ったときに得られるものとは、全く別物なのです。
これは、単純に秘伝の部分が習えないとか言うだけの話ではありません。
空手の形等は、みもふたもない言い方をすれば、激しく手足を動かしているだけにすぎません。しかし、目の前で演武してもらい、その力の調節、技の緩急、呼吸を肌で感じないと、伝わらないものが多いのです。
これが高段者同士ならば、求められる技術の質も上がるので、なおのことです。
経験のない人には、ピンと来ない話かもしれませんが、経験者ならば、誰しも納得される話でしょう。映像を見て形を習得出来た気になることあっても、それは映像から自分の妄想を元に「別の新たな形」が誕生したに過ぎないのです。
研究の為に「参考」として映像を見るのは、大変、有意義な事ではありますが、それだけでは、手順を学ぶことしかできないのです。

亡くなられた伊藤先生は、よく仰っておられました。「私が先生の技を再現できるのは、私の手に先生の手の感触が残っているから」と。
古武術は、伝統芸能です。
師匠から弟子へ。人から人へ。手から手へ。
柔の技も実際に師匠から手取り足取り教わらなければ、身に付くことは、ないのです。口伝の部分等は、なおのこと稽古場以外では、教われません。

力信流が学ばれた土地、畑鮎に行ってきました。
畑鮎は、私の想像を越える奥深い山のなかにありました。

標高も高いと思いますが、このようなところで生活する人は、足腰も強くなるし武術を始める基礎体力には問題がないだろうなと思いました。
また、村のなかを歩いていると地元では見たことが無いようなサイズのスズメバチが飛んでいて驚かされました。
15413312570.jpeg

今回は、下見と言う感じだったので、畑鮎の村を見てそれから、近くのお寺、神社を軽く見てまわり、それから力信流の師範「大江 吉光」の石碑がある薬師院に向かいました。
15413312840.jpeg

「大江 吉光先生碑銘」というタイトルで始り、長い碑文で大江の生涯を説明してあります。

さて、実はこの石碑をみようと出掛けましたが夏の大雨による土砂崩れで道が通行止めになっていました。が、とりあえず車で進めるところまで進んでみると薬師院までは、無事に車で行けました。そして薬師院の中にある石碑を見てきましたが、中に入って、さぁ大変。院の中にある食堂の番犬が恐ろしいほど吠えたててきたのです。
お店は、道が通行止めになった関係で臨時で別の場所で開いておられるようで、店の人もいないので、この犬を止めてくれる人がいません。仕方がないので、とりあえず写真だけとって、後で家に帰ってから画像を引き伸ばして碑文を確認しようと思い写真だけとって帰りました。ところがこれが、読みにくい。
また後日、畑鮎に行き確認せねばなりません。
おのれ、ワンコめ~‼

「日域無双一覚流捕手」の伝書を入手しました。
15407278930.jpeg

15407279190.jpeg

15407279510.jpeg

私がこの流儀を初めて知ったのは、小佐野先生の著者「図説 柔術」(新紀元社)でした。
それ以来、不思議と柔術の源流の一つである「竹内流腰廻」よりも気になっており、是非とも入手したいと思っていた流儀だったので、とても嬉しいです。この流儀には興味があります。岡山で伝承された流儀のようですが、調べて見たいと思います。ちょうど「力信流」の事で岡山を訪ねて見ようと思っていたので、雪が降りだす前に調べに行こうと思います。

夜勤で寝付けない昼間に部屋を整理していたとき、ふと初めて購入した古武術の伝書「神道六合流」を見つけました。
15402869090.jpeg

15402869540.jpeg

15402869770.jpeg

その頃は、まだギリギリ20代で激しいスパーリングのある格闘技の方が楽しくて、ここまで古流を勉強する事になるとは、思っていませんでした。
神道六合流もたまたま購入したもので
「六流派集めた流儀!?凄いお得やん!」とか「一度に色々習えてこれ一つで古流修行完璧やん!」とか「師範の草薙って名前がメチャメチヤカッコいい!」とかバカなことを考えて興奮していました。
また、この伝書は、和紙に手書きと言うもので、これが当たり前のように思っていました。小佐野先生の水月塾に入ってから神道六合流の免状は、印刷物もあったと知り、たまたま購入したこの免状が手書きであった幸運に感謝しています。
私は、門人に対しては古流の研究等を強制したことは一度もなく、ただ稽古の前に自分の調査したことや伝書をお見せしながら説明するのみです。皆さん大変、興味深く伝書を見つめておられます。
もちろん古流に限らず、ご自身が学び、ふれるものに対して無関心すぎるのは、全くよくありません。技術や歴史を学ぶことは大切です。

しかし、強制しなくてもその道に染まる人は、勝手にそういう世界の方に呼ばれるように入り込むものだと思っています。師匠は、そのきっかけになれば良いものと考えます。