今回は、情報提供して下さった表の井上家最後の三日月藩士、9代目 井上寿之丞為忠(後に寿と改める)のご紹介です。


天保九年生まれ。
三日月藩士禄高百石、格式物頭、藩主御側役、道中御供頭、御武器御番頭役、鉄砲組槍組御預り。
明治二年十月、王政復古大政御一新につき、各藩は封土を奉還し、
藩主森俊滋公は子爵となり三日月 藩知事に任命され、寿之丞は藩主より三日月村戸長役を拝命される。
その後俸禄および役儀各席を返上し、士族令官となり、大成流砲術教授役を拝命(※)。
その後、江戸に移住した藩主の紹号により三日月を離れ三日月村戸長役を辞し、藩主森家の執事となる。
その後大磯に移住し、父、井上能山から免許皆伝を受けていた華道、千家古流の家元として、その道を広め、
その後大磯の名物菓子「さざれ石」を考案し、店舗を開く。
(※)大成流砲術 武芸流派大辞典には同盟の流儀が2流紹介されているが、いずれも西洋流砲術の流れをくむ。
西洋流は、出石藩の砲術でも触れましたが、高島秋帆が祖。

流石、表の井上家最後の三日月藩士。すばらしい経歴ですね。
なお、井上寿之丞為忠が指導した千家古流の門弟名簿には。二百名以上の名前が記載され、
その中には、
徳川慶喜の娘で侯爵四条隆愛の夫人をはじめ、元佐土原藩主島津忠寛夫人、日野資秀伯爵夫人、
日本銀行総裁子爵三嶋彌太郎夫人、伊藤博文侯爵 夫人と、日本史に残る方々の夫人の名が連なっているとのこと。
凄すぎますねぇ。ちょっと想像できない世界です。
下の画像は花道の方々にも大変な資料となるのではないでしょうか?


こちらの千家古流は、家元が井上家→今村家→井上家→田津原家(小田原二宮町在住)と移り、現在に至ります。
寿之丞は、上の写真でご紹介したように彫りの深いお顔のイケメンさんですから、さぞかし女性にモテたのでは無いでしょうか?
そして人見流の岡本伝八もそうでしたが長い刀を差してますねえ。


また、井上寿之丞為忠が考案した大磯の名物菓子「さざれ石」についての新聞記事も送っていただいたのでご紹介します。


この新聞記事の中で、井上家と今村家の繋がりまで説明されているのが興味深いですね。
井上家と今村家のつながりの深さを物語っています。
それでは、最後に井上市之進為任が文化12年に小牧七郎兵衛(小牧家は、代々学者の家系で広業館で教授しています。年代的に小牧家五代目かと思われます。)より授かった小笠原流の免状をご紹介して、次回の今村家のご紹介へ移りたいと思います。






井上様。貴重な画像を沢山ありがとうございました。

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