三日月の武術、天心流と當用術の根本に関わる一族に今村家があります。
現存する當用術目録の「井上 壽之丞為壽」は「今村 鐵彌一玄」からもらっています。


この今村家は、もとは雲州松江の堀尾家に仕えた旧臣で、森家がまだ津山藩(岡山県)藩主であったころに召し抱えられました。
この今村家が津山藩時代、すなわち森家が岡山県にいたころに召し抱えられたことは、例の當用術の流祖で天心流を伝えた「国富 忠左衛門」との接点として、
とても重要になりますので意識しておいてください。

(現在、私の調査で国富忠左衛門の詳細がほぼ判明しています。そのうち、ご説明します。)

さて、津山藩に仕えた最初の人物を今村家初代と数え、その人物の名前は今村 茂左衛門。
給人で郡奉行を勤めました。
茂左衛門の二代目は、養子で家に来た今村伝八といいます。
この伝八には子がなかったので、また養子を貰います。(作州津山より)

この伝八の子が今村家三代目の今村 又右衛門一胤です。一胤は、かなりの才能の持ち主で郡奉行→寺社町奉行→勝手方→用人にまでなりました。
さらに芸達者で俳諧、連歌をよくし、俳名を金牛といい、隠居後はそれを名乗りました。
明和7年(1770年)に亡くなり、その墓は慶雲寺に建てられました。法号「清浄院忠獄金牛居士」。
一胤の長男の「今村 又右衛門一英」が一胤の跡を継ぎます。そして二男、三男は、表の井上家と土居家にそれぞれ養子に出されます。
養子に出された子供のうち、一胤の二男が當用術目録の「井上 壽之丞為壽」で三男が三日月藩で天心流剣術と當用術を指南した「土居 金五右衛門正純」です。
つまり、三日月藩天心流剣術と當用術の指南者は、一胤の息子たちということです。

四代目の一英も才覚があり、昇進して初役を勤め、用人となり、中年で退役隠居、亡くなったのは天明二年(1782年)です。

五代目の「今村 本蔵一當」は家老にまで昇進し、文政9年(1826年)に亡くなりました。三代目と同じく慶雲寺にお墓が建てられました。
息子「今村 又右衛門一清」が建てたお墓には、丁重な碑文が刻まれています。
その碑文は、長文ですがとても重要なことが書かれています。
それは、一當の妻は、父「今村 又右衛門一英」の弟「井上 壽之丞為壽」の娘「貞」です。

整理しますと以下の通りです。

一代目 今村 茂左衛門 (郡奉行)
二代目 今村伝八
三代目 今村 又右衛門一胤(寺社町奉行から用人へ)
    (二男は井上 壽之丞為壽、三男は、土居 金五右衛門正純)
四代目 今村 又右衛門一英(用人)
五代目 今村 本蔵一當(家老。妻は父一英の弟である井上 壽之丞為壽の娘)
六代目 今村 又右衛門一清

さて、整理しましたが、6代目の一清も実は、表の井上家からの養子です。
表の井上家七代目「井上 孫左衛門為政」の次男から今村家に養子に来た一清は、とても苦労人で、引責により一旦は、知行90石を召し上げられますが、最終的には年寄役まで勤め、
文久二年(1862年)、50歳で江戸でなくなりました。

7代目の「今村 又右衛門一因」は、はじめ給人→九代目藩主「俊滋」の側役を勤め、そののち用人に進み、知行150石で年寄役になりました。
三日月町史によりますと横須賀の小西家には幕末の「御家中分限帳」には「一等、御年寄」として、知行300石の家老「可児 勇之進」よりも先に書かれているそうです。
(このあたりは、一因の母が津山藩城代家老の黒田家から嫁いできたのと、一因の姉妹が山崎藩家老に嫁いでいるのが関係しているような気もします。)
さらに一因は明治二年(1869年)の「改革分限帳」にも大参事筆頭として名が記されているそうです。
一因は、のちに名前を「一」と改めます。幕末三日月藩の藩政筆頭の重責を担った非常に優秀な人物です。
前回、「さざれ石」の記事をご紹介しましたが、その記事の中には

「明治6年一月に今村 一」が飾磨県(現在の兵庫県)参事あて提出したものに456坪の略図をかき、
 右旧来藩主より授与地に御座候、家作建営は自費にて仕候
としたためた書類がある」

と今村家最後の三日月藩士「今村 又右衛門一因」または「今村 一」の事を紹介しています。
ちなみに「今村 又右衛門一因」の妻は、表の井上家八代目「井上 市之進為任」(千家古流家元で後に新見藩藩主となる亀壽公子の天心流剣術御世話係)の娘「為」で、
前回ご紹介した井上家最後の三日月藩士「井上 寿之丞為忠」の妻は、一清の娘で一因の妹「増」です。

整理しますと

「今村 又右衛門一因」の妻は、井上 市之進為任の娘「為」
「井上 寿之丞為忠」の妻は、一因の妹「増」ということになります。

とても複雑に絡み合う表の井上家と今村家。この関係は、天心流剣術と當用術ともつながっているのです。
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