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礼法を武士の作法のように思われている方が多いですが、礼法は、武士の作法ではありません。流儀の作法です。

稽古場(道場)とは、一つの異界といえます。厨二病的に書けば、「稽古場とは、我ら日の本の武の神に導かれし魂が集まりし約束の地(ヴァルハラ)。」です。

稽古場に一歩でも入れば、普段の社会的立場も関係なくなり、稽古場の法に従って稽古場での立場が生まれます。日常とは異なる世界。異界です。

礼法が流儀によって違うのも、流儀それぞれがそれぞれ違う存在だからです。
もし礼法が武士の作法ならば、すべての流儀の礼法は、同じでならなければ、いけません。
勿論、礼法は、武士の価値観、文化等をベースに作られては、いるのですが、流儀毎にそれぞれの考え方があって、その考え方によって構成されています。

他流を修めた人でも他流に入門すれば、一から覚え直しです。
荒木流なら荒木流の礼法を一から学び、無念流なら無念流の礼法を一から覚えなければなりません。
そうやって稽古場の礼法の段階から、「流儀の区別」が存在します。

新たな流儀を習うとき、新たな流儀の礼法を学ぶのが億劫な人は、その心が別の流儀に傾いている証拠であり、一生、その新たな流儀を極めることが出来ないでしょう。
これは、初心者にも言えることです。
「礼法よりも技だけ教えてほしい」は、通りません。
礼法もその流儀の特徴であり、異界に入るための心の儀式と言えるからです。
「礼法も形のうち。」そう思って、何かの流儀を習うときは、礼法もしっかりと楽しんでくださいね。
ま、当会の天心古流拳法と浅山一伝流体術(大倉伝)には、礼法が無いんですけどね⁉(天心古流拳法は上野貴が昭和に作った現代武道)
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三草藩武家屋敷

かつてあった姫路藩の弓術奉納額