三日月藩の武術奉納額である「上村発明流棒術」。

この奉納額については、誰の手によるものかわかっていましたが、肝心の上村発明流棒術がどんな流儀だったのかわからないままでした。
しかし、この度とある御仁のご紹介でお会いした山崎藩家老の御子孫宅で上村発明流棒術の免状と偶然出会いました。



これによりますと、上村発明流棒術は、芸州(広島県)在住の「上村五右衛門尉」が厳島大明神に百日籠って得た武術のようです。


免状を受けたのは、「横井 蔀」。山崎藩家老家の生まれで武術に優れていたので分家を許された優れた武士でした。
この人物は多くの武術を相伝し、山崎藩に伝えました。
三日月藩の上村発明流棒術が山崎で見つかるとは思いませんでした。また、これまで龍野藩の武術とされていた武術の免状も見つかりました。
山崎藩は、北は三日月藩。南は龍野藩。その両方に挟まれた土地です。
両方と交流をしていた山崎藩ですから、両方の史料が出てきて当然かもしれません。
この家老家には、他にも驚くほどの武術免状巻物があり、江戸期の山崎藩藩士と山崎藩と他藩との関係を知る貴重な文化史料です。
勿論、山崎町史にも載っていない武術ばかりで、初めて日の目見る武術免状達です。
これらの物を武術的視点と藩の政治の両方から検証して資料を作成して、古武術のみならず江戸期の山崎藩の様子を後世に伝えていきたいと思います。

全く天心流にしても龍野藩藩士家譜にしろ、同時進行で忙しい悲鳴が出ます。
しかし、これはうれしい悲鳴。
私は、仕事運には恵まれませんでしたが、武術史研究における人脈には大変恵まれたと思います。
頑張って纏めて、発表していきたいと思います。
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林田藩上村発明流棒術

龍野藩の武術家