柔新心流居合
今回は、前回ご紹介した物と違い正徳五年に「山岸権内」に出された免状です。


系譜を見ると初代が以前ご紹介した槍の免状では「関口弥五右衛門」だったのに対し「関口弥左衛門尉」になっていることに気が付きます。
更に前回「山岸銀之助」に出された系図状の系譜と2代目まで一致しますが、3代目から全く違う事にも気がつきます。
山崎藩の柔新心流は同じ山岸家で学ばれたのですが、山岸家それぞれに系譜が違い、初代の名前まで違ってるのが面白いのです。
山岸家は代々、外で習ってきた証拠でしょう。


形名のなかには私も習った八重垣や蟷螂剣の名前があります。
私が習ったものと同じ動きをしていたのでしょうか?
それとも全く違う系譜ゆえに変化していき全く異なる動きをしていたのでしょうか?
妄想が膨らみます。

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郷土の空襲

柔新心流居合系図状