大坪流に続けて馬術免状をもう一つ。
享保13年9月発行の「神當流馬術」
受取人は、松村左吉。
武芸流派大事典によりますと、「神當流馬術」は、神尾織部吉久が流祖。
神尾織部吉久は、初め松平陸奥守に仕えたが、後に浪人して彦根藩井伊氏に仕えたそうです。
この流儀は、御馬術以外にも悪馬、難馬を矯正するのを主眼としているから、「悪馬新当流」とも言うそうです。
元は、神道流から出ているそうです。
それにしても「悪馬新当流」の当字が本来の「悪馬神道流」だったら、「あくましんとうりゅう」と読めて何が何だかと言う感じですね。

この悪馬新当流であっても矯正できない馬がいるようで、「不治の馬」と名付けて八種の種類を挙げています。
「病馬」「少食の馬」「大食の馬」等々ありますが、それ以外にあげられている「爪悪敷き馬」は、治せないのか?と、疑問に思ってしまいます。
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山梨県での本部稽古

山崎藩伝 大坪流馬術「用馬目録」