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赤穂藩に伝わった水鴎流の系譜とWikipediaの記述と照らし合わせると年代的に合致します。


Wikipediaによりますと初代三間与一左衛門は、1577-1665年の人物になります。

次に歴代赤穂藩士の記録を見てみます。
2代目の都筑安右衛門は、正徳2年(1711年)に用人となり、享保15年(1730年)に隠居しています。
と、すれば、両方の記述は、ほぼ合致しているのではないでしょうか?
水鴎流は、江戸初期開流の古い流儀で間違いないようです。

3代目中村善右衛門は、享保五年(1720年)に御用人となり、同20年に隠居しています。

四代目鈴木源内は、元文五年(1740年)に御勘定奉行に 宝歴2年(1752年)に用人になっています。
さらに水鴎流の免許を享保7年に授かった事が村上貞八の免状に記されています。

五代目村上貞(定)八は、宝歴2年(1752年)に御金奉行 宝歴7年に同役御免となっています。
因みに貞八は、鈴木源内が御勘定奉行になった年に目録を授かっています。

歴代の師範は、赤穂藩上士で埋められています。
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本日の稽古

赤穂藩伝「水鴎流」