本日3月24日は、私の古武術の師匠、伊藤保先生の命日なので、お墓参りをさせていただきました。毎年、盆と命日は、お詣りさせていただいているのですが、今日、フト伊藤家の家紋(丸に方喰)と西躰家の家紋(丸に剣方喰)が似ていることに気がつきました。お寺も西播には珍しく同じ曹洞宗。ご縁なのでしょうね。
お花とお線香を添えて手を合わせ、この一年のご報告をしながら、ご縁を改めて感じていました。
伊藤先生は、非常に合理的な物の考え方をされる人で抽象的な表現で理合を説明することをとても嫌っておられました。物理的な法則で分かりやすく武術を明確にお答え下さるので、助かりました。私も抽象的な表現で技術を語ることは嫌いだったので、似た者同士がご縁で会ったのです。
この系譜が後世に続くように努力していこうと改めて思いました。

伊藤先生の墓参りの後に三日月の北隣にある旗本領のあった平福陣屋を見て回りました。
ここは、松井松平の旗本領で代官所がありました。
その代官所の横にある天満神社にお詣りに行くと、次のような灯篭がありました。

「汲古堂正矩弟子中」
「多田氏門弟」「文政◽年」の碑文が刻まれています。
現地の資料館の職員や地元民の郷土の歴史に詳しい方に尋ねてみてもこれが何かは、わからないそうです。
調べてみる価値は、大いにあります。空振りの多い郷土の史跡調査ですが本日は良い収穫でした。
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