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祭神流の伝書の系譜には、井上源左衛門より前の系譜がかかれています。
井上源左衛門は、祭神流の祖であると三日月町史には、記されています。
一方、武芸流派大辞典には、免状の通り井上源三が祖であるとしています。
この辺りの違いを考えてみたい。

祭神流の元になった鏡智流師範の梅田杢之丞は、元禄7年に亡くなり、井上源左衛門は、元禄の頃には津山藩に仕えています。また、井上源左衛門は、梅田杢之丞に槍術を習う前に、既に樫原流槍術の皆伝になっており、井上源左衛門は、梅田杢之丞とほぼ同時代を生きた人であることがわかります。こうなると井上源左衛門より前の代数がこれほど多いのは、不自然すぎると思う。やはり、井上源左衛門が流祖であると考えるのが、時代的に自然でしょう。
同じ三日月藩の武術で國富忠左衛門が創流した当用術が幕末近くの伝書では不破又右衛門に刷り変わっている例もあるので、伝書の系譜を鵜呑みにはできない。
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祭神流槍術 試合記録

祭神流槍術