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竹内家は、主に直心影流と祭神流を学びました。
(砲術や弓術の免状もたくさん残されていますが)。
経緯は不明ですが、竹内家には、竹内家以外の家の直心影流の伝書が残されています。
今回は、石川清宛に出された直心影流の免状をご紹介します。
私は龍野藩伝の直心影流の伝書を持っていますが、内容は変わりません。
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ここで私が気になるのは系譜の中に出てくる河端老之助です。老之助は免状を貰った石川清の2代前になっています。
河端老之助は、祭神流槍術と直心影流の三日月藩における師範ですが、文政二年に掲げられた祭神流槍術の奉納額に二人の名前があります。
伝書は、現存しませんが、今回の直心影流の持主である石川清も祭神流槍術を学んでいたようです。
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二人とも他の藩士と同じように列記され、流儀の中で特別な立ち位置として書かれているようには見えません。老之助が川副師範の一門人であった時代のものでしょう。
そう思うと両者には直心影流の代数ほど年齢的な差はないのかもしれません。

それから、この祭神流の奉納額には、私にとって気になる姓の方々がおられます。
「飯尾」と「水谷」。
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兵庫県播州地方、特に西播地区の武士の中で三日月藩との関係が特に強いと考えられる飯尾家と水谷家について想像してみます。

飯尾というと、赤穂藩槍術師範飯尾精之進の名前がまず頭に浮かびます。飯尾家は、三日月と赤穂の両森家の藩ができる前、津山藩時代から森家に仕えたので、三日月にも赤穂にも藩士の中にも飯尾姓がおられますので、同じ一族の可能性はとても高い。
飯尾家について調べてみる価値はあると思います。

もう一つの水谷姓。水谷は三日月にも龍野にも林田の旗本池田家にもみられる名前ですが、
龍野藩の水谷家は、三日月藩の天心流師範、土居金五右衛門と婚姻関係を結んでいます(水谷家の娘が嫁入り)。
奉納額の水谷は龍野藩の水谷家と関係があるかもしれません。

旗本池田家に仕えた水谷家の中では、以前お話しした赤穂藩儒者で家老の村上家の仇打ちに力添えした槍術師範水谷嘉三郎の名前が浮かびます。
あくまで想像ですが、この辺りの関係性に狙いをつけて祭神流奉納額に書かれた飯尾、水谷の一族についても、今後は探ってみたいと思います。
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竹内家に残る祭神流、直心影流の伝書

祭神流槍術 試合記録2