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三日月藩の一刀流の免状を紹介したので、良い機会なので同じ森家が治めた赤穂藩伝の一刀流の免状をご紹介します。
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系譜を見ると前回、ご紹介しました三日月藩伝の一刀流とは異なる系譜なので関連性は感じられません。恐らく竹内家に伝わる一刀流の免状は、三日月藩とは関係なく何かのご縁で竹内家に来たものと思われます。
また今回ご紹介する免状の系譜の中に山下姓の方がおられますが、
今回の免状の持主である小山家には、山下家に伝わる「高木流」の伝書も保管されていたので血縁関係があると思われます。
山下家も小山家も高木流柔術だけでなく、「猪俣 弾正忠信昭」が創流した「唯心流柔術」を伝えましたが、今回の一刀流の免状に「猪俣 太仲祐信」が記載されています。恐らく同じ猪俣家の人でしょう。
一刀流と唯心流は、赤穂藩、三日月藩、姫路藩、山崎藩で学ばれました。山崎藩には、唯心流の奉納額が現存するので次回にご紹介します。
さて、系譜の中に「辻 源太」と「辻 隆平」のお二人の名前が記載されています。辻源太は、隆平の亡くなった翌年に家督を相続しているので、親子のようです。(家督は、喪が開けた後に相続する。)

辻 隆平(源太➡隆吉➡隆平)
天明9年(1789年)~寛政2年(1790年)に大坂御留主居役
文化13年(1816年)御作事奉行、桂介様御付
文政7年(1824年)十分一奉行
天保12年(1841年)に御給人。
嘉永5年8月27日没。
この人物には、武勇伝があります。
隆平が亡くなる8年前の天保15年4月22日夜に御金役所に盗賊が忍び込んだところを取り押さえたというのです。これがとても奇特な事だとわざわざ分限帳に記されています。唯心流の業で取り押さえたのでしょうか?高木流の業で取り押さえたのでしょうか?
非常に気になります。一柔術家として胸踊らずにはいられないところです。もし私と同じように地方の歴史にさして影響のない窃盗事件逮捕という小事にどのような業が使われたのか、興味津々になったあなた。人は、それを病気と言う。しかも不治の病です。お大事に・・・・・・。

辻源太(亀平太➡源太)
天保15年(1844年)に召し出されます。
嘉永6年に家督相続。また、御札座奉行に。
明治3年に上の免状を出します。
色々歩き回った結果、赤穂に辻源太が建立した彼の妻のお墓を見つけました。人知れず朽ち果てて行くのは忍びなく、ご紹介します。


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山崎藩伝「唯心流柔術」の奉納額

一刀流兵法目録